拝啓、親愛なる「あなたたち」へ

拝啓、親愛なる「あなたたち」へ。

これは僕の人生に関わってくれた「あなたたち」への現時点での「遺書」です。

これから僕が紡ぐ言葉は、特定の「あなた」に向けたものも複数人の「あなたたち」にむけたものもあります。誰に向けているのかをあえて曖昧にしたまま「あなたたち」に今の僕の言葉で語ります。

この文章を書こうと思ったきっかけは、鬱々とした日々を過ごすなかでいつ「書くこと」ができなくなるか分からないと感じたからです。

いつ、ここに居られなくなるか分からない。いつ、「あなた」に言葉を届けられなくなるか分からない。書けるうちに僕の言葉を残しておかないと、僕の生は「なかったこと」にされてしまう。そして、僕を助けてくれた人に感謝を伝えないまま会えなくなってしまうかもしれない。そんな思いが僕にこの文章を書かせています。

だから、少しだけお付き合いください。

今の僕は、この世界で生きる意味を見い出せずにいます。傷つき、傷つけられ、誰かを傷つける毎日で、それでもここに留まる理由が僕には分からない。「未来」に少しの希望もありません。やりたいこともできることもありません。

そんな僕を唯一救ってくれていたのは「本」でした。

それなのに、今の僕は本を読むこと、文字を追うことさえままならない。

僕にとって大切な何度も何度も読み込んだ1冊さえ、読むことができない。

そんな僕がどうやって僕自身を救うことができるのでしょう。

「あたりまえに」できていたことができなくなっていく毎日です。

自己否定、劣等感、希死念慮はつのる一方です。

どうやってこの苦しみを耐えればいいのでしょうか。

僕にはそれが分からない。苦しみと絶望で満たされたこの世界を、それでも「生きること」に執着し続ける理由が。

「生存は抵抗だ」と人は言います。

社会が存在を無視したくてたまらない「トランスジェンダー」というものに分類されるらしい僕がこの社会を生きることは、社会に「抵抗すること」になり得るのでしょう。だとしても、その「抵抗」にどれだけの意味があるのでしょうか。その「抵抗」によって生まれた傷をどうすればいいのでしょうか。その傷をも引き受けて生き続けなければならないのでしょうか。それを「社会運動」として強いることはあまりにも残酷だと僕は思います。

僕はなにかと闘うことから解放されたい。

ずっとずっと闘ってきました。

「女」として生まれてしまった事実と。内面化したトランスフォビアと。言葉にできない身体違和と。他者からの眼差しと。ジェンダー規範と。「GID規範」と…。

でもこの闘いには終わりがありません。

それはあらゆるマイノリティ性を生きる人にある程度共通した経験かもしれません。それを引き受けられない僕は「弱い」人間なのかもしれない。僕より辛い境遇を生き、経験している人はもちろんたくさんいるでしょう。「我慢が足りない」そんな言葉を僕は自分自身に幾度となくかけてきました。

自分がこの世でもっとも不幸だなどと思ったことはないから。そもそも「不幸比べ」にはなんの意味もありません。

ただ、僕のキャパでは今置かれている状況に耐えることができない。それが何十年も続くと思うと気が狂いそうです。苦しむ可能性しかない未来のためになぜ＜いま·ここ＞で踏ん張ることができるのでしょうか。

抵抗としての生存の闘いから降りること。それは同時に「正しくいること」から逃げることだろうとも思います。

でも、逃げさせてほしい。

この歪んだ社会に抵抗することを恐らく多くの人が「正しい」と認識するでしょう。変革を求めて声をあげ続けることも「正しい」とされるのでしょう。しかしそれは唯一の「正しさ」でしょうか。「抵抗しないこと」は「正しくない」ことでしょうか。「生きたいと願わないこと」は「正しくない」でしょうか。

もう疲れたのです。社会が要求するストレートな人生を目指すことに。「クィアな」人生を模索することに。僕の存在が、生死が、誰にどう解釈されようともうどうでもいいのです。

僕は、もうこれ以上生きていたくない。「生存すること」が「抵抗」という肯定的な言葉で賞賛されるのだとしても。

それでもありがたいことに、数少ないながら「生きていてほしい」と言ってくれる人がいます。そんなあなたたちに聞きたい。あなたたちはいったいどれだけ僕のことを知っているのでしょうか。僕の生への絶望を理解してくれているでしょうか。すごくいやな言い方をしてしまっています。ごめんなさい。決して責めているわけではありません。

だって、僕はあまりにも自分の「本心」を語ってこなかったから。もちろん「察してくれ」なんて言いません。分かってほしいことは言葉にしないと伝わらない。ただ僕は、あなたたちに僕の弱いところを知られたくなかった。

あなたたちの前では「強く」ありたかった。

そう。僕にとって、人を頼ること、弱音を吐くこと、人にケアを求めることはことごとく「弱いこと」なのです。

だから、特定の誰に向けているのでもない、読んでいる人は僕がどこの誰かも知らないこの場所で「書くこと」でしか「弱く」いられなかった。

「強さ」の意味をはき違えていることは理解しています。それでも、反復され蓄積されたイメージからは簡単に降りることができません。

そうは言っても、僕はあなたたちの存在にずっと救われてきました。あなたたちがいなければ、僕は今まで生きていなかったでしょう。

救ってくれて、支えてくれてありがとう。

医療的、社会的性別移行に踏み出させてくれたこと。

居場所があると思わせてくれたこと。

スポーツの機会をくれたこと。

トランスフォビアを内面化している僕も含めて認めてくれたこと。

「真理」はあなたの中にあると言ってくれたこと。

いろんな学びの機会に連れ出してくれたこと。

「研究がしたい」と思わせてくれたこと。

あなたたちと過ごした時間のおかげで、少し先の「未来」を想像することができました。

僕も「明るい未来」を夢見てもいいのではないかと思うことができました。

自分の生を肯定するために、ただ学びに向かう時間は僕にとってかけがえのないもので、その時間があったからどれだけ辛い日常をも生き抜くことができました。

あなたたちに出会わなかったら、そんな高揚感を味わうことはなかったでしょう。

生きる意味をくれて本当にありがとう。

僕は深い人間関係を築くのが苦手で、「親友」と呼べるような人は思いつかない。でも、あなたたちとは程よい距離感で関係性を作っていけた気がしています。あなたたちにとって、唯一の存在でありたいという欲望はあったけれど、あなたたちの人生に少しでも関われただけで僕は幸せです。

そして、僕にとってたったひとりの大切な「あなた」へ。

どんなときも僕のことを理解しようと努め、僕の生き方を肯定してくれてありがとう。

的外れなことがなかったわけではないけれど、どんなことがあってもあなただけは僕の味方でいてくれる。思い上がりかもしれないけれど、僕はそう思っています。あなたにとって僕もそんな存在だといいな。もし、あなたより先に僕がいなくなってしまったときのことを考えると、僕は今すぐに生きることをやめられない。きっとあなたの人生を壊してしまうから。この世から去ってもなお、誰かを不幸にするような人ではありたくない。だから、早く僕以外にも依存先を見つけてね。

拝啓、親愛なる「あなたたち」へ。

いっぱい助けてくれて、支えてくれてありがとう。夢を見させてくれてありがとう。

でも、そろそろ夢から覚めなくてはいけないようです。

きっと僕と過ごすなかでいろいろ嫌な思いもさせたでしょう。はっきりしない僕にイラつくこともあったでしょう。言葉が少なく、感情をあまり出さない僕に不満もあったでしょう。

それでも、そばに居てくれてありがとう。

もう二度と書かないかもしれないし、一週間後ぐらいにはまた何かしら書いているかもしれない。

ここではないどこかで生き続けるかもしれないし、生存をめぐる闘いから降りるかもしれない。

1時間後の僕がどうしているかさえ、もう今の僕には分からない。

だから、とりあえず今のところは、さようなら。

ありがとう、親愛なる「あなたたち」。

2024年のふりかえり

今さらながら2024年の振り返りと、2025年の抱負を記録しておこうと思う。

2024年は本当に激動の一年だった。

自分でも、本当によく生き延びられたなと思うほど苦しい日々が続いた。

本格的に、社会的・医療的に性別移行をはじめた年であり、この一年は性別移行とともにあった一年であると言える。時系列で振り返っていこう。

一月、初めてのカミングアウト

　信頼している教員に初めてカミングアウトをした。人生で初めてのカミングアウトだった。なにか罪を打ち明けているようで、そして口に出すことでその罪を自分自身で認めているような気持ちになったことを覚えている。特に質問攻めにされるわけでもなく、言いたいことだけ言えばいい雰囲気を作ってくれたので話しやすかった。この人（以後Aさん）にはこれからもいっぱい助けてもらうことになる。初めて頼った人がAさんでよかったと本当に思う。トランスジェンダーであることは「病気/障害」だという思いを強く抱えていた私にとって、その事実を自分で認めること、そのうえで「助けて」と人を頼ることは簡単なことではなかった。実際、Aさんと出会うまでは、「性同一性障害」という言葉をことごとく避けていたし、まさか自分がそんなわけないと思っていた。ずっと抱えていた性別（身体）違和とはじめて向き合った瞬間だった。

三月

・通称名を使い始める

　生まれたときに与えられた名前は、100人中100人が「女」だと認識するような名前で、早くそれから逃れたかった。ただ、私にとって「名前」は重要な意味を持っていて（みんなそうかもしれないけれど）、「名前を呼ばれる」ということが一種の承認であるかのように感じていた。「ここにいてもいいよ」という承認であり、「私はここにいる」という帰属意識のようなものを感じられるものである。そのため、20年間私に向けられてきたその名前を変えるということには勇気が伴ったし（だからまだ戸籍名は変えていない）、新しい名前には「意味」を持たせたかった。この先、どんなことがあってもその名前に込められた意味を思い返してお守りにできるような。そんな思いがあって、「本名」とはかけ離れた名前をできるだけジェンダー中立的な音になるように（名前で「性別」を判断されたくないという思いから）Aさんにお願いして一緒に考えてもらった。

一か月ほど考えた末、3/28に今使っている名前に決まった。

「美しい変化」「柔らかさと力強さ」

これからの人生をともに歩む名前と「意味」をもらった。

どれだけ傷つけられても、通称名で呼ばれると安心する。そんなお守りになっている。

・大学での通称名使用申請

　同じ時期に、四月から始まる学期の初めから大学内で通称名を使用できるように大学と交渉を重ねた。学生支援相談員の人と面談をし、学生担当の偉い人と話をし、本当に精神が削られた時間だった。結局、大学での通称名の使用はシステムの書き換えができないため却下された（大学との交渉はまだまだ続くことに…）。

四月

・診断書取得

　4/4に早稲田通り心のクリニックで診断書を取得。

ネット上にあったフォーマットに沿って「自分史」を書き持って行った。

午後が休診で、すごく混雑していて2時間ぐらい待ったけど診察室に入ってからは早かった。自分史を読んでもらって、軽く内容の確認をされて、「診断」に際しての医療業界の世界的な動きとか枠組みの変化とかを説明してもらっておわり。あんなに悩んでいたのにあまりにもあっさりと診断書を発行してもらえて、拍子抜けした部分もあったけど、これで「自称」だと言われないという安心感もあった（「正規ルート」じゃないからその後もいろいろあるんだけどね…）。

・大学との交渉 again

　診断書と専門家に書いてもらった配慮願いをもって、再び大学との交渉へ。

結局何も変わらず…。大学にとっては、学生の学びの安全を守るよりも、システムを書き換える経費を削減する方が重要らしい。それで結局、ゼミと少人数の名前を呼ばれる可能性が高い講義でだけ通称名で登録してもらえるように教員に直接伝えることに（カミングアウトの強制だよね）。この伝える作業が本当にきつくて、自分の語りのはずなのに、理解してもらうためにあの人たちにとって「分かりやすい」語りをしている自分に気づき自己嫌悪、ということを繰り返していた。これはずっと続くことになるし、自分の感覚を自分の言葉で語れないというこの経験が、クィア/トランス・スタディーズに向かわせてくれているから感謝なのかもしれない？そしてゼミの先生と面談して、ゼミ生とは深く付き合うことになるからゼミのなかでカミングアウトすることに。英語のスピーチのなかにカミングアウトを盛り込んだ。声が震えたし、視界は涙で滲んだしで散々だったけどなんとか乗り越えた。それからは、完全に男子学生扱いとまではいかなくても、男性代名詞を使ってくれることが増えてうれしかった。カミングアウト後も「ふつうに」接してくれるゼミの仲間には感謝でいっぱい。

・ホルモン治療開始

　4/23ホルモン治療を始めた。恵比寿TGクリニックでの自己注射。とにかく早く始めたかったのと、東京までの交通費を考えると自己注射がいいということになりここに決めた。一回目のオンラインでのカウンセリングで方法や頻度、副作用などについて説明を受けその場で始めることを決めた。国内のホルモン不足を考慮して、比較的手に入りやすく安価なサスタノンデポー250mlを3週間に1回のペースで打ち始めることにした。

まわりに相談する人もいなかったし、全部自分一人で進めてきたから本当に不安だった。カウンセリングから一本目を打つまでの約1週間は、打ち方の説明動画を何十回も繰り返して見た。初めて自分で注射針をさして、ホルモン剤が自分の身体のなかに入っていく感覚を得たときは本当に何とも言えない感情に支配された。やっと自分の人生が始められるという喜びと、この先どう身体が変化していくのかという不安、なぜ自分がこんな思いをしなければならないのかという怒りや虚しさ。いろんな思いが込み上げてきた。そしてその思いは10本を超えた今でも、打つたびに思い出す。

五月

　5/11高井ゆと里さんの講演を聞きに一橋大学へ。

はじめて高井さんにお会いして、質問を取り上げていただき力強い言葉をかけてもらった。「権力関係があるなかで、当事者が怒れないのはあたりまえ。いつでも私をよんでください。私が代わりに怒るから」

そう力強く言ってくださり、怒れなくていいんだ。と今まで頑張った自分のその頑張りを認めてあげられた気がした。

六月

・人生の分岐点⁉

　6/29 藤高和輝さんのオンラインの講演「トランスの哲学？」を受講。

はじめて藤高さんの理論に触れた。正直、内容に関しては難しすぎて二割も理解できていなかったと思う。それでも、藤高さんの問題意識や「身体イメージ」の概念を聞き分からないなりに、「これが理解できるようになれば、自分の性別違和や身体について語る言葉をもてるようになるのでは！」と希望を感じた。この講演以降、藤高さんの論考を読み漁り、そこでの関心が卒論や進路を方向付けるものとなっている。

・新しい出会い

　Aさんの紹介で、たくさんのクィアな人たちに出会った。仲良くなって一週間で家に泊めてもらったり、他大学の聴講に行ったり、講演会に参加したり、都知事選のスタンディングをしたりと濃い時間をすごさせてもらった。このときに出会った人たちには今も本当に支えられているし、なかなか会えないけれど、そういう存在がいるというだけで心強い。大好きな人たち。与えてもらっているものを少しでも返していきたい。

七月

・フットサル

　ジェンダーマイノリティのためのフットサルに参加。

　何も考えず、ただ笑ってボールが蹴れたこと。真剣にゲームができたこと。

もうそんな時間なんて手に入らないと思っていた。あきらめなければいけないと思っていた。でも、そんなことなかった。サッカーすることを諦めずにすむ。そんな環境があることがありがたい。自分の性のあり方をある程度オープンにするようになって、いろんな世界を知った。いろんな人たちが、いろんな方法でこの社会を変えようとしていることを知った。ずっとクローゼットのなかにいたなら絶対に分からなかっただろうこと。関わらなかっただろうひと。かけがえのない宝物だ。

・誕生日

　誕生日を迎えた。たくさんの仲間の存在を実感できる日になった。

でも、この時期に心の調子を崩して、生存が困難になった。「男性として」働きたくて、新しいバイトを探す中でいくつもの面接を受け、カミングアウトする生活。カミングアウトしているのに「女子用の制服を着てもらう」とか「戸籍上は女性なら…」、（更衣室にあたって）「でも、胸はあるんだよね？ひとりだけ特別扱いはできない」などなど、実存を削られるような言葉ばかりかけられた。このタイミングで、母から胸オペへの反対も…。いろんなことが重なり、本当に生き続けることが困難な状況に陥ってしまった。そんなときも支えてくれたのは、大切な仲間たちだった。

「いなくなられたら耐えられない」

この言葉が、今も私の生をつないでいる。まさか自分がこんな言葉をかけてもらえるなんて思ってもいなかったし、こんなふうに思ってくれているなんて思いもしなかった。

この言葉がなければ、私は今生きていないと思う。

本当に人に恵まれすぎている。

八月

・『ノット・ライク・ディスートランスジェンダーと身体の哲学』読了

　読み終わって涙が止まらなかった。「真理はあなたのなかにある」その言葉にどれだけ救われただろう。自分の生/性を肯定してもいいのだと言ってくれている気がした。この一冊はまちがいなく、私の人生のなかで一番大切なものになった。

九月

・胸オペのカウンセリング

　9/12 自由が丘MCクリニックに胸オペのカウンセリングに行った。性別移行に乗り出してから、初めての病院に一人で行く機会が増えたけど、やっぱり不安。一通り説明を聞いて、診察をして、採血をした。奇跡的に次の月の予約がひと枠開いていたので予約まですませた。

・初の新宿二丁目へ

　先輩に誘われて、夜の新宿二丁目へ。FTMゲイバーに行った。

はじめてのバーはなんだか異世界のようで、トランスであることもかつゲイであることも「あたりまえ」のような環境で「シスヘテロのように」好きなタイプについて話したり、同じような経験をしているから話せるような悩みを共有したり…。なんだかすごく不思議な経験で、すごく心地いい時間だった。こんな場所を作って、守ってくれる人がいることに感謝。

・後期開始、大学との交渉…

　後期が始まり、受講する授業が変わるのでまた各先生に通称名使用のお願いに回る日々。そこで、心無い言葉をかけられ（悪気が全くないのだから対処に困る）疲弊し、他者の眼差しを内面化し、自分を追い詰めていた。このころのことは、別のブログに書いてるのでそちらを…

後期はまだ続くので、最後まで何とか乗り切りたい。

・藤高さんの講義聴講

　京都産業大学の講義を聴講しに京都へ。メールでコンタクトをとったときからやさしく対応していただき、本当にありがたかった。快く聴講を受け入れてくださっただけではなく、授業後にお話しする時間までいただき、ほんとうにかけがえのない経験をさせていただいた。

なにより、「書く」ことを続けてくださっていることの感謝を伝えられて（誰目線だよという感じですが）よかった。そして、なんと「卒論読ませてください」とまでおっしゃっていただき、うれしかった。

十月

・10/21 胸オペ

胸オペについては、細かくひとつ前のブログに書いているので良ければ読んでください。こう考えると、怒涛の勢いで性別移行を進めてきたなぁ。

十二月

・クィアフリマ

　12/15 クィアフリマへ。

　奏太さんや松岡さんとお話しできて、誰にもジャッジされることなくメンズ服を選べたことがただうれしかった。その場にいるだけでエンパワメントされるような時間で、日常生活を過ごしていたら忘れがちな「仲間」の存在を感じることができた。

　こうやって振り返ってみると、本当にいろんなことがあった一年だった。

いっぱい傷ついた。いっぱい泣いた。いっぱい自分に失望して、生きることをあきらめようとした。それでも、まだ生きている。

　自分ひとりだったなら、絶対に乗り越えることができなかっただろう一年。

クローゼットのなかにいたなら、しなくていい辛い思いもいっぱいした。新しい人生を歩もうと決意したことを後悔もした。それでも、一歩踏み出したから得られたものもいっぱいあった。とくに、たくさんの仲間たち。トランスであることを忘れるぐらい「ふつうに」友達として遊んでくれる。そしてときには真剣に相談に乗ってくれたり、弱音を吐かせてくれる。こんなにあたたかい場所に出会えて本当に幸せだと思える。

2025年は、たくさんもらったものを少しでも返していきたい。

自分も誰かの心の拠り所になれるように、支えになれるように。

そして、この一年も変化の一年になるだろう。母校への実習もあるし、なにより学部卒業後の進路が決まる一年だ。

正直、どうなるのかまったく想像ができない。進学しているのか、就職しているのか、フリーターをしているのか…。何をしていようと、まずは生き延びることが目標だ。

生きていないと、恩返しもできない。

恩返しの一年にする。

胸オペ日記

胸オペから20日ほど過ぎて、スポーツ以外は日常生活が送れるようになってきた今、そのときの思いを残しておこうと思う。長い文章になったが、そのときに記録したまま、修正をほとんどせず公開しようと思う。同じような境遇にある誰かに届くことを願って。

2024.10.20

　胸オペ前日。今考えていることを記録しておこうと思う。

　正直なところ、本当に実感がない。明日の今ごろにはもう私の身体から乳腺はなくなっているのだろう。信じられない。ここまで振り返ってみると長かったのかもしれないが、胸オペをすると決断してからはとても早かった気もしている。

ほかの子に比べて少しばかり身体の発達が早かった私は、小学六年生のころには生理が来ていたし、胸のふくらみも感じていた。

ブラをつけることをかたくなに拒み、拒否していた私がはじめてスポーツブラをつけた日。母から、つけていない方が胸の存在が目立つからと言われしぶしぶつけた。走っても揺れを感じないし快適に感じたが、「ブラをつける」という行為そのものが、そしてその事実がとにかく嫌だった。

スポブラを初めて母と買いに行った日。いろんなブラが置かれているそのスペースに入ることが苦痛で、恥ずかしくて、いたたまれなかった。一番スポーティで「女の子らしくない」デザインのスポブラを母に手渡し、早々と売り場を離れた。それ以来、買い物は母に任せきりになった。しかし、高校生になり、「スポブラしかつけないのはおかしい」と母に言われ、いわゆるワイヤーブラのようなものを買いに連れ出された。毎日のように部活があったというのもあり、スプブラ以外の選択肢を求めていなかったし、ワイヤーブラのようなものをつければとうとう「女性」になってしまう気がして嫌だった。それでも、私を案じてくれている母には逆らえず、スポブラの倍以上の値段がするようなブラを買った。何度かつけようと試みたものの、それをつけている自分が気持ち悪くて、結局二回ぐらいしかつけていない。最初で最後のそのブラは、今も実家の引き出しに眠っているだろう。

私にとって「胸のふくらみ」は何よりも「女性」の特徴で、私を「女性」にするものだった。

私にとって、私を「女性」にするものは、ヴァギナでもなく、ペニスの欠如でもなく、声の高さでもなく、胸のふくらみだったのだ。そして、だからこそ、そのふくらみは私を一番困らせてきた。「私」は他者にとって存在する限りの「私の身体」によって困らされる。その感覚はすごくわかる。他者から見て胸のふくらみを発見されないように、なべシャツを着て、いつも大きめの服を選んだ。周りから見れば、胸のふくらみはほとんど分からなかっただろう。それでも、私は「胸のふくらみがある」という事実を一瞬たりとも忘れることはできなかった。なべシャツによって押しつぶされている感覚、服を選ぶときに意識的に無意識に、胸が目立たないようなデザインばかりが目に留まること、そんな些細な「日常」が私に「胸」の存在を突き付けてくる。「他者にとっての私の身体」だけではなく、「私にとっての私の身体」にも常に困らされてきたのだ。この感覚こそが、言説一元論では説明できない、身体の物質性なのだろう。

簡単にこれまでの「胸のふくらみ」との人生を振り返ってみたが、今までの苦しみをこれからは感じずに生きていけるのだと思うともちろんうれしい。それでも、さっきも書いたが、この胸の感覚とお別れするという実感がまだない。本当に夢の中にいるみたいだ。こういう書き方をすると、手術が受けられることが言い表せないほどの喜びで、楽しみで楽しみで仕方がないという印象を持たれるかもしれない。しかし、実のところそのような感覚とは程遠いものを感じている。もちろん、念願であるし、楽しみなのは事実。それでも、それを上回るほどの不安、恐怖、虚無を感じていることもまた事実である。単純に、手術を受けることそれ自体も怖い。全身麻酔での手術なんて初めてだし、術後の入院もなく一人で痛みと闘わなければならないのは心細い。そして、痛いのは嫌だし、失敗するかもしれない、麻酔から覚めないかもしれない。そんな思いも消えない。

でも、それだけじゃない。なんで私ばかりがこんな思いをしなくてはいけないのだろう。自分の身体イメージに合わない身体で生まれたばかりに、犠牲にしているものが多すぎる。学生生活の楽しいことをあきらめてバイトをして、必死に貯金をして、それを生まれたときから運命づけられていた物質的身体を身体イメージに近づけるために使わなくてはいけない。ほかの学生はバイトで貯めたお金を趣味や娯楽などプラスになることに使えるのに、私はマイナスからゼロにするために使わなくてはいけない。悔しい。胸を取ったからと言って性別移行が一気に進むわけじゃない。自分にとっては大きな変化でも、周りにとってはそうではない。きっと手術が終わった後も当たり前のようにミスジェンダリングされるのだろう。どれだけの思いで性別移行しているかも知らずに。

こんな思いを抱えながら、「楽しみだ」と言い切れない状況にあるわけだが、それはほかのトランス男性からすれば「ホンモノ」のトランス男性ではないらしい。オペは喜びであるべきだし、リスクや痛みに対する覚悟ができていないならオペするべきじゃないし、オペを望まないなら「ホンモノ」のトランス男性じゃない。とこういうわけだ。マイノリティ内部で排除し合って何になるのか全く分からないが、ここでも「男らしさ」が求められるらしい。「ホンモノ」のトランス男性を名乗る人たちに非難されることで、自分はトランスではないのではないだろうかと何度も思わされてきた。でも今なら胸を張って言える。「真理はあなたの中に存在する。私たちは自分を曲げなくていい」。『ノット・ライク・ディス』での大好きな部分。みんなが同じ身体イメージを生きるわけではないし、ジャッジする側に都合のいいように自分の過去や感覚を抹消したなら、またトランスの語りは失われてしまう。私は私を曲げなくていい。

こんなことを書きながらも、本当に明日が手術だという実感は今もまだない。朝がくれば実感はわいてくるものなのだろうか。怖いことには変わりないが、ずっと目指してきたものをついにつかむことができるとなると実感を持つのは難しいものなのだろうか。このなべシャツの圧迫感と「胸がある」というこの感覚から自分を解放することができるまであともう少し。胸を取ったぐらいでは、何も変わらないことは理解している。それでも、胸がない自分のことなら「男性」としてはっきりとしたアイデンティティが得られるのではないか。自分のことを「トランス男性」として認めることができるのではないか。そして、自信をもってカミングアウトすることができるようになるのではないかという希望を持ってしまう。考えても仕方ないので、今日はもう寝ることにしよう。ありがとう、今までの自分。こんなに憎み続けたのに、一緒に生きてくれてありがとう、私の胸。好きだとは言えないけれど、それでも一緒に過ごした時間はわたしにとってかけがえのないものだし、まぎれもなく私の人生で、私の身体だった。

2024.10.21

　朝が来た。いつものように中途覚醒を繰り返しながらも比較的眠ることができた夜を越え、「運命の日」を迎えた。人生における一大イベントであることは疑いようがないが、術後の生活への過度な期待をしないよう自分の感情を規制する。少し肌寒い、それでも普段住んでる場所よりはいくぶんかあたたかい朝。今日は昼間も気温が上がらず、寒い一日になるそうだ。

どんな思いで今日という日を終えるのだろうか。分からない、想像もつかない。まだ実感がわかないのだから困ったものだと思う。手術台に横になるその時まで、もしかすると平らになった自分の胸と再会するその時まで実感など持てないのかもしれない。いろいろ思うところはあるし、しなくて済むならしたくなかったというのが本音だが、この身体とこれからも生きていかなくてはならないのだから仕方のない選択だったのだろう。そろそろリビングに向かうか。何を思って、何を考えても時間は迫ってくるし、今さらやめることもできない（やめたいわけではないがやはり怖い）。次にこのパソコンを開くのは術後、ホテルのなかでだろうか。今さら自分が頑張れることなんてないのだから、医者に頑張ってもらおう。いつもは悲観的なものの見方しかできないくせに、こういうときはやけに楽観的な思考になるのだから自分という人間はつくづく分からない。

（術後の記述）

　クリニックへの移動中も実感はわかなかったけれど、渋谷で東横線に乗り換えて、「次は自由が丘」というアナウンスで一気に不安と緊張に襲われた。電車を降りてクリニックに向かう。五分ぐらい遅れてしまっていたため、少し慌てて向かった。クリニックの前まできて、付き添いに来てくれた人とお別れ。もしひとりだったならどれだけ不安だっただろう。本当に信頼できる人と術前の時間を過ごすことができてほんとうによかった。わがままを聞いてくれて本当に感謝しかない。迷惑かけることを許してくれて、たくさんの愛をくれる。失いたくない大切なひと。最後にハグをしてもらったとき、不安だった心が急に解きほぐされたようで、とにかく離れたくなくて、それでも行かなくてはいけないから涙をこらえて別れた。

　クリニックへの階段を上り、受付へ。看護師さんが笑顔で迎え入れてくれた。少し待って、会計を済ませる。こんなに努力して貯めてきたけれど、あっという間に決済されて、まあそんなもんかと少しむなしくなった。

　また少しして、手術室に呼ばれる。そこは手術室という感じはなく、普通の診察室のようで、広さもベッドといろんな機器を置いたらそんなに余裕はないぐらいの感じ。おかげで、そんなに緊張しなかった。看護師さんが来てくれて、パンツ一枚になって術前の胸の写真を撮る。ベッドにあおむけに横になって、右腕で血圧測定、左腕で麻酔の点滴。例のごとくなかなか血管が出なくて、苦戦させてしまった。二回刺し直したけど（二回目は中で探られた）なんとか入ってよかった。一度も「痛い」と言わなかったので、看護師さんに「我慢強いね」と褒められてうれしかった。麻酔が効くまでの間、YouTubeで音楽を流してくれるというので、セカオワをリクエスト。正直歌なんて聞きたいと思わなかったし、リクエスト聞かれても何も思いつかなかったのだけれど。そのあと医者が来て、横を向いて背中に神経ブロックの注射を打った。「打ちますね」と言われたことは覚えているけど、そのあと上に向き直った記憶がない。座薬を入れた感覚は覚えているけれど、本当にそれ以外の記憶がなくてびっくりしてる。術前の準備が全部終わったのが10時くらいだったかな。

13:10 目覚める。

　手に力が入らない。自分の身体じゃないみたい。とにかく鼻がつまっていてのどが痛い。トイレに行きたい感覚。でも管が入ってるからそう感じるだけらしい。術中も結構排泄してたみたいだけどなんか気持ち悪い。ずっとぼーっとするし、眠たい感じ。麻酔が切れていないのか目をあけているのがつらい。痛みはそこまでなく、胸を締め付けられているのを感じる。術後一時間ぐらいで尿の管が抜けた。抜くときはただ気持ち悪いっていう感覚。水を持ってきてくれてストローで飲む。のどが痛いのと、手に力が入らなくてまだ眠っていたいって感じ。感覚が戻ってきたら、ズボン、靴下、服も着させてもらって至れり尽くせり。記憶はないけど、目覚めたときに伸びをしようとしてたらしい。数日間は脇をしめて過ごさないといけないと言われた。やっとのことで起き上がり、摘出した乳腺を見せてくれた。手のひらと同じかそれより少し大きいぐらい。看護師さんいわく、乳腺はファミチキみたいらしい。まあ、わからんこともない。乳腺にも驚いたがなにより比較のために横に置いた自分の手がむくみすぎていてほんとにびっくりした。乳腺はきれいに取れたと言ってくれて、乳輪も一センチぐらいでシス男性と変わらないぐらい小さくなったらしい。うれしい。ただ、乳頭はやっぱり少し大きめらしく縮小手術するなら３か月以上開けないとねと言われたが、今のところその予定はない。

14:10 別室移動

　看護師さんに支えられながら別室まで歩いたけど、酔っているときみたいなふらふら感。ゆっくりしか歩けないし、ずっと夢のなかみたいなふわふわした感覚。薬を出すためにとにかく水を飲むのがいいみたいで、コップ二杯の水を持ってきてくれた。いろんなお菓子も一緒に持ってきてくれて、たけのこの里を食べながら水を飲んで過ごした。ずっと睡魔のようなものに襲われていた。麻酔が効いているのか痛みはない。のどは死ぬほど痛いけど。麻酔の影響か左目が開いていない。胸の感覚は、きつめのなべシャツを着ているのと変わらない感じ。右の脇に少し鈍い痛みが出てきたかも。

しばらくするとスマホも触れるようになったし、本も読めるようになったので、たびたび言及している藤高和輝さんの『ノット・ライク・ディス』(2024, 以文社)を読んでた。最終章「私は私の身体を愛することができるか」ぴったりの章だった。

15:00 タクシー移動

　タクシーを呼んでくれて、ホテルに向かう。前にドレーンの入ったバックをぶら下げてタクシーに乗ってるのが変な感覚。二十分ぐらいでホテルに到着。

ここぐらいになるとだいぶ痛みがでてきて、車の少しの揺れも痛い。それでも、その痛みが「自分の身体」を取り戻したことの証明のようで不思議とポジティヴに捉えることができていた。

それでも、少しでも動かすと痛いので動かさないように慎重になっていると、肩や首に力が入って全然リラックスできない。

　ホテルについて、横になる。ずっと待ち望んでいた手術が終わったことが信じられなくて、それでもなぜか、今までに感じたことのない自分の身体への帰属感のようなものを感じた。説明できないし、本当になぜだか分からないけれど、初めて「自分の身体」に会えた気がした。まだ術部を見ていないのに。

とにかく眠たかったけど、夜はあまり寝れなかった。寝れないほど痛いわけではないが、体勢を変えられないのがつらかった。少しでも動くと痛みが出るのがつらかったけど、胸に手をやるとそこにやわらかい膨らみはなくて、バンドを巻いているからぺったんこではないけれど、それでもうれしかった。全然後悔はないし、ほんとにバンドがとれるのが楽しみ。

翌日　ドレーン除去

　九時にクリニックに向かう。医師を待っている間に、鏡を使って胸を見せてくれた。腫れぼったい感じはあるけれど、乳輪の大きさもよさげ。うれしいな。

　ドレーンを抜くためにベッドにあおむけに横になる。横になったまま処置をしてもらったので、何をしていたのかよく分からないけど、バンドを外した時の解放感がすごかった。いろいろテープを取って、ドレーンを抜いた。息を大きく吸って、吐いている間に抜いてくれた。左はほとんど痛みを感じなかったのに、右は鋭い痛みがあった。結構痛かったけど、ドレーンが抜けて身体を起こしたらだいぶ楽になってた。そこからバンドを締め直して、翌日からのシャワーとか抜糸の説明を受けて終わり。20分ぐらいで終わった。

　もちろん痛みはあるけれど、ドレーンを抜いたらだいぶ楽になった。普通に歩いたりできるようになったけど、やっぱり体力は使ってるみたいですぐに疲れるし、ずっと寝ていたいという感じ。

ここまでがリアルタイムで残していたもの。

ここからは20日ほどたった今の心境を書いてみようと思う。

　少しトラブルがあったものの、現状は抜糸まで終わり、あとは二週間後にバンドがとれるのを待つだけとなった。乳輪付近の感覚は全くないし、感覚がない場所から少しそれたところ（脇に近い部分）には痛みが残る。でも、比較的快適に生活は送れているように思う。

　オペをすることは、特に信頼のおける一人か二人の人にしか言ってなかった。そのため、私がオペをしたことはほとんどの人が知らない。もう薄着をする季節でもないし、パス度も以前と変わらないように思う。それでも、私の生活は大きく変わった。うまく言えないけれど、「自分として」この世界にいるという感覚をもてるようになった。より自分を解放できるようになったともいえるだろうか。人とのかかわりにポジティブになれたように感じるし、世界に対して閉ざしていた自分という存在を開いていこうと思えるようになった。まだバンドを巻いているため、胸の締め付け感はなべシャツを着て生活をしていたころと変わらない。そうであるならば、その締め付けが私にとって「胸」の存在を強調していた以上、そこへの嫌悪感は変わらないはず。でも、今はむしろその締め付けが「胸がないこと」の証明であるように感じ、痛みすらそこにもう「胸」がないことの証明のようで、いとおしく感じる。その意味で、「胸」の存在は私にとってなによりも「女」の象徴で、私を苦しめていたものだったのだろう。他者から認知される限りの「胸」ではなく、私が＜私の身体＞としてもつ「胸」こそが私を「女」にするもので、その象徴を抱えたまま生活することは私にとって四六時中「お前は女である」、そして「私は女である」ということを突き付けてくるものだった。失ってから、自分にとってのその存在の大きさをより実感するようになった気がする。

　また、私は自分が「トランス男性」を名乗ってもよいのかずっと不安に感じている。オペをすることが決まったとき、「胸を切除する」というその行為が身体のある一部分に過剰に意味づけをしていることの証明ではないか、身体の特徴と「性別」を結びつけてその規範を強化しているのは自分自身なのではないかと自分を責めた（今もその思いに苦しめられることはある）。それでも、社会のなかでつねにすでに意味づけられているその特徴をその「意味」と共に生きることは私にはできなかった。切除に踏み切ったことを後悔はしていないが、「ありのままの身体」で生きることができなかった自分を後ろめたく思うことはある。

　しかし、『ノット・ライク・ディス』で述べられていたように、身体とそのある特定の部分が社会的に意味づけられたものであると知っていたとしても、切除に踏み切ったというその事実が、なによりも身体が「単なる物質」や他者から性認識を引き出すための「道具＝モノ」ではないことを示しているのではないだろうか。そして、「身体イメージ」が単なる妄想ではなく、「物質的な力」をもつことを示しているのではないだろうか。

「物質的な身体」は言説が書き込まれるのを待つ白紙の物体などではなく、つねにすでに社会のなかで意味づけられ、ジェンダー化されている。どのような身体が「物質的な身体」としてこの社会のなかで承認されるのか、どのような身体が「おぞましいもの」として排除されるのか。その枠組みを作っているのはこの社会であり、トランスの生きられた身体はその枠組みを撹乱する可能性をもっているのではないかと感じた。

私にとって身体は、他者からの性認識を引き出すための「道具＝モノ」ではありえない。私にとって「生きられる身体」は、「感じられる身体」と分離不可能なのだ。

　私は、私の選択を恥じる必要はない。「真理」は私の「感じられた身体」にあるのであり、他者や社会にあるわけではない。手術に恐怖や不安を抱いていたことも、内性器の切除は求めていないことも、私が「トランス男性」を名乗ってはいけない理由にはならないはずだ。「ホンモノ」のトランス男性を名乗る人たちから非難されたとしても、マジョリティによって「おぞましい身体」として排除されたとしても、「真理」は私の中にあるのだから。

私は自分の「トランスネス」を「個性」として受け入れることは到底できそうにないし、男だったとしても女だったとしても性別違和を感じない人生があるのなら迷わずそっちを選ぶだろう。それでも、私は、この身体とこれからも生きていかなくてはいけない。胸を切除して、ホルモンを投与したとしても、私は私の身体イメージを取り違えつづける。「完璧な女/男」なんていないのだから。

「私は私の身体を愛することができるか」

私は、私の身体を通してしかこの世界を経験することができない。その意味で、私の身体こそが、私とこの世界をつないでくれるものなのだ。だから、いろいろな方法で折り合いをつけつつやっていくしかないのだろう。

だから、私の身体へ。

いっぱい無理させてごめんね、これからもいっしょに生きていこうね。

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2024.11.21 追記

 オペから1ヶ月が経った。

前にこの文章を書いていたとき、私はこれから本当の意味で、自分の人生を生きることができるのだと感じていた。

やっと自分の身体への嫌悪感から少し解放され、前に進むことができるのだと。

しかし、今はむしろ、生きる意味を見失いつつある。

なぜなのか。

私は自分をトランスだとアイデンティファイしてから、自分の身体を取り戻すためだけに生きてきた。いろんな病院や保険を調べ、経験者の残してくれた記録を読み漁り、同時に様々な理論を学んできた。

どんなにミスジェンダリングを繰り返されても、尊厳を傷つけられたとしても、医療費のためにバイトに行った。どれだけ傷つく言葉をかけられても、全部胸オペのためだと、自分の身体を取り戻すためだと言い聞かせて、自分を殺し、シスヘテロの女性を演じ続けてきた。

しかし、目標としてきた胸オペが終わった今、私にはもうここで踏みとどまる理由となってくれるものがなくなってしまった。

唯一、私とこの世界をつなぎ止めてくれていたものがなくなってしまった。

私を突き動かしていたもの。

それは、「この身体のまま死にたくない」

という思いだったのだ。

これからを「生きる」ための選択だと思い込んでいたが、それは実のところ「死ぬ」ための準備だったのだ。

それに気づいてしまったいま、私はどうやってこの社会に留まり続ければいいのか分からない。

私の存在がつねに抹消されているこの場所で。

生きていくために、自分自身もその抹消に加担しているこの状況を。

わたしはどうやって生きていくことができるのだろうか。

どんな思いで過去を捨て、新たな人生を生きようとしても、過去は亡霊のようにつきまとう。

わたしは一生「隠さなければいけない」過去を背負って生きていくのだ。

「わたしはクィアだ」

とすら胸を張って言えない私が、自らの存在に、感じられた身体に、プライドも持てず承認も与えられないような私が、この社会に留まることはできるのだろうか。

もちろん、全てのひとが同じ思いになるわけではない。私の周りの胸オペを終えたほとんどの人たちは、むしろ生き生きとこの社会を生きている。オペ前の人生を取り戻すごとく、あらたな目標を設定し、前進を続けている。

ただ、今の私にはそれができそうにない。

私が自分の存在を許すことができる日はくるのだろうか。

いつものごとく、まったくまとまらず書きたいことを書いただけになったけど、ここはそれでも許される場所だから。

この私の取り乱しが、トラブルが、だれかと共鳴しますようにと願って。

私にとっての「器」とはどこにあるのだろうか

後期が始まり、2日が経った土曜日。私は部屋から出られずにいる。

2日間、ただ授業に出席するだけでこんなに疲れ果てている。それほど多くの授業をとっているわけでもないのに。私の中で整理できない、ぐちゃぐちゃになっている感情を今できる範囲で書き残しておこうと思う。

その前に、今の私の大学での状況を（とても複雑なので）軽く整理しておこうと思う。

私の通う大学では、通称名の使用が認められていない。戸籍とシステムが結びついているため、その改変には時間と莫大なお金がかかるからということらしい。（今、ほとんどの大学では診断書なしで通称名を使用できるのに対し、診断書を求められて提出しても、専門家に書面で配慮願いを執筆してもらっても名簿の名前を変えることすらできないというのは、学生の学びの安全を保障するという大学の義務を放棄していると言わざるを得ない。）

そのため、授業内で名前を呼ばれる可能性のある授業では、自分で直接教員に事情を話し、書類を渡して、授業で使用する名前を変更してもらうようにお願いするしかない（というか、そのような負担を当事者が負わなければならない状況がおかしいし、それを大学側が通称名の使用かミスジェンダリングされ続けるかの2択を迫り強制してくるということに、その行為にどれだけのリスクと負担を当事者が負わされるのかが想像できない大人たちに心底絶望する）。

そんなこんなで、私は今年度から授業内で通称名を使っている。英語の教職課程をとっているので、授業で名前を呼ばれる機会は比較的多い方だと思う。私の所属する学科で教職をとる人はそんなに多くないので、1年のころから大体のメンバーは知り合いという状況だ。もちろんほかの学生にカミングアウトすることもなく、名前が変わっていることに困惑している学生もいるとは思うが前期はなんとかやりすごすことができた（ジェンダー中立的な通称名を使用しているので、女性代名詞を使われるのはもうあきらめている）。

そんな中でも、私が唯一カミングアウトしているのがゼミだ。ゼミは2年間少人数で同じメンバーだし、濃い時間を過ごさないといけない。私が少しでも心地よく学びに向き合うために、カミングアウトする選択をした。カミングアウト以後は特に触れられることもなく、今までどおりに接してくれるので助かっている。

そして後期になり、とる授業が変わり、また各教員にカミングアウトして回る日々が始まった。前期は履修した授業が少なかったということもあり、大学に通えなくなるほどの傷を負うことはなく、無事に単位をとることができた。後期も同じように行くと思っていたのに、、、

私の後期の幕開けは、木曜日の１限から。

演習型の授業で、人数は20人程度。教職の授業で、ゼミのメンバーや知り合いの学生がほとんどだった。自分の安全のためにどのように授業が展開されるか、教員がどのような人か、使用する言語は何かなどを見てからカミングアウトするかを決めるため、初回の授業後に教員に伝えるようにしている。

のだが、教室に入ったとたん座席を指定するためにフルネームがスクリーンにはりだされていた（もちろん本名で）。そして先生は、さん/くん呼び分けする人で、私は「名字＋さん」で呼ばれ続けた。そしてアイスブレイクのために行われたビンゴ。マスに書かれた条件に合う人を探して名前を記入するというもの。英語で。英語で会話をするときはファーストネームを使うのが自然だろう。名前を聞かれる。ここで私は何と名乗ればいいのだろうか。一貫して名字で答えたものの終わるまで本当に生きた心地がしなかった。90分間、スクリーンには名前が映され、「さん」で呼び分けられるなかで、名前を伝えなければいけない。

私がすでに名前を変えている授業で同じだったほとんどの学生は、どう思っているのだろう。自意識過剰だと思われるかもしれないが、名前が変わっていて気が付かないわけがない。名前を知っているはずなのに尋ねてくる学生は、そこをはっきりしたかったのだろう。前期に同じ授業をとっていた学生は、私が名字を伝えたとき、何を思ったのだろう。私のことをどう認識しただろう。私にどんな眼差しを向けていたのだろう。

初めて授業で同じになった学生は、私のことをどう認識しただろう。「どっちの」ジェンダーで判断しただろう。スクリーンの名前を見て「女性」だと認識しただろうか。それともそもそもパスできていなくて「女性」だと認識されていたのだろうか。私のことを女性代名詞を使って紹介したあの学生に、先生に、私はどのように映っていたのだろう。

そんなことを考えながら受けた90分は、終わりがくることが信じられないほど長かった。割り当てられた席（教卓のすぐ前）に座りながら、自分の身体が「ここに在る」感覚はなく、ただ苦しかった。

それでも、教職必修だから履修しなければいけないと授業後に先生に伝えに行った。

「それはいつからなの？生まれたときから？」

先生から発せられた言葉。

「いつからですかね～」

絞り出した私の言葉は、ちゃんと言葉になっていただろうか。

震えていなかっただろうか。

うまく笑えていただろうか。

その後、逃げるように教室を出て多目的トイレにこもり、お守り代わりの『ノット・ライク・ディス』を抱きしめる。「私の真理はわたしの中にある」

ほかの大講義の授業は名前を呼ばれないし、きっと教員も学生の顔と名前が一致していないだろうからカミングアウトはしない。

直接伝えなくていい分、負担は減ると思っていた。

でも、大講義を受けていると息の仕方を忘れるほど苦しくなり、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。大講義になると、当たり前だが学生の数が演習科目より格段に多くなる。それはすなわち、私に向かう眼差しが増える。頭のなかでは、誰も私のことを見ていないなんて分かっている。分かっているはずなのに、ただ怖い。

この人は私のことをどう認識しているのだろう。どう判断しているのだろう。ちゃんと「男子学生」に見えているだろうか。「男子学生らしく」振舞えているだろうか。

講義の内容なんて入ってこない。その場にいることで精いっぱいで、これを毎日と考えると、通いきれる自信がない。

気にしすぎだと言われるだろう。なら、気にさせているのは誰だと問いたい。

「あなたたち」が外見だけで性別を判断しなければ、望んだ名前、代名詞を使ってくれれば、相手の性別を勝手に判断して態度を変えなければ、気にしなくてすんだかもしれないのに。

そしてそんな社会によって作られた規範のなかで生きることを強いられ続けると、その刃は私自身にも向かってくる。

私がこんな身体をもっていなければ、トランスジェンダーじゃなければ、第二次性徴の前に性別移行を始められていれば、生まれてこなければ。

こんなに苦しむことはなかったかもしれない。

私の苦しみなんて、大したことがないように思われるかもしれない。それでも、私にとっては、生きることをやめる理由になるには十分なのだ。

自分の身体を眼差すたびに壊してしまいたい衝動に駆られる。人がいる場にいるときには、自分がどう認識されているかばかりに意識がいってしまう。外に出ることが怖い。人とかかわることが怖い。

こんな状態でどうやって大学に通えるというのだろう。そうはいっても、休学の選択肢はない。母にこれ以上の負担はかけられない。実家に帰っても悪化するだけだろう。ただでさえ、週4でバイトをしないと生きていけない経済状況にあるのだから。バイトにだって行きたくない。でも、行かないと生きていけない。正直生きていきたくもないのだが。学費を出してもらっている分、卒業はしないといけない。

将来のことだって考えられない。院進したい？できるわけがないだろう？

本だって読めない。何が研究したいかもわからない。知識だってない。かといってそれを埋めるために頑張れない。そんなやつが院進なんてできるはずない。生きている価値なんてない。誰にも迷惑をかけずに早くここからいなくなればいい。

「自分の生を肯定したい」と院進を目指していたけれど、私は自分の生を肯定していいような人間じゃない。多くの理論に救われ、ここまで生きてきたけれども私に同じような成果が出せるとは到底思えないし、その理論を理解することすらできないだろう。

言葉を紡ぐことで、生をつないでくれる人たちがいる。その人たちのようになりたかった。誰かの生をつなげるような人に。

将来への不安の中で

　私は今、私しかいないアパートの一室でただ不安と闘っている。

　なにへの不安なのか。そう、卒業後の進路への不安だ。

今現在、大学三年の夏休みを過ごしている。

　私は、文学部の英文学科に所属している。文学、言語学、比較文化、英語教育と枝分かれする中で英語教育のゼミに所属し、中高の英語教育や第二言語習得を専門にしている（ということになっている、と言った方が現状に合っているかもしれない）。

　先にも書いたように今は大学三年の夏休みだ(そしてもう後期が始まろうとしている)。同級生たちがインターンや就活、公務員試験や教員採用試験に向けて行動を起こす時期でもある。私のゼミは教員を志す人が九割を占めているため、教採が三年生で行われる自治体を受験する人はすでに受験を終え、本命に向けての対策を始めていると聞く。前期のゼミの教室には、もうすでに指導教員に教採の二次試験の面接や模擬授業に関して相談する声であふれていた。

　そんな中、私はどうしようもない疎外感を感じている。

"私は何をしているのだろうか”

　もともと、英語の教員になるためにこの大学を受験し、今のゼミを選んだ。入学時の想定なら、今ごろみんなと同じように教採の勉強に明け暮れていただろう。それなのにどういうわけか、教採の勉強などする気が起きないでいる。もっと言うならば、卒業してすぐに教員になる気など起こらないでいる。自分でも驚きだ。

　教員という仕事に魅力を感じていないわけではない。中学生のころからあこがれていた職業ではあるし、実際そこに向けて少しずつでも歩みを進めてきた。それなのに、教員になるために教育基本法を暗記したり、指導法の勉強をしたりすることに価値を感じないし、そこに時間をかけることを無駄だとすら思ってしまう。それよりもむしろ、自分の生に直結していることをより専門的に学びたいという思いが強い。そう、いまの私が思い描いている進路は、進学だ。

　二年の後期に、一般教養科目のジェンダーの講義を受講したことをきっかけに、私はこの社会によって自分の生/性がいかに抑圧されているのか、そして私自身が、無自覚にどれだけ多くの人を排除しているのかということに気づかされた（この講義は本当に私の人生を変えてくれたものなので、いつかちゃんと文章にしたい）。そこでは、私のような存在（トランスジェンダー、同性愛者）を含め、あらゆる性的マイノリティの存在が抹消されることなく、｢あたりまえに存在しているもの｣として想定されていた。その空間にいることがただ心地よく、唯一の安心できる場所だった。そんな環境のなかで、フェミニズムやクィア・スタディーズなど私にとって新しく、刺激的なことを多く学んだ。そのとき、これこそが私が学びたいことなのだと強く思った。

　勉強し始めてからもうすぐ一年が経つが、その間に自分なりにさまざまな文献にあたり、講演会に参加した。そのときは院進を現実的に考えていたわけではなく、ただがむしゃらに自分の生/性を肯定できる道を探す、そんな感覚だった。

 しかし、ある講演をきっかけに院進を現実的に考えるようになった。その講演では、「他者に説明するためではない、私の語り」の可能性を探るものがトランスジェンダー・スタディーズの由来であるということが強調されていた。既存の理論的枠組みの中で、｢私の感覚｣がリアルに反映されていないと感じてきたこと。それでも、他者に「分かってもらう」ためにその理論に頼らざるを得ないということ。いつだって「私にとっての私の身体」の居場所はないと感じていたこと。アイデンティティを引き受けることなんてできっこないと思っていたこと。そのすべてを想いを晴らすかのように、その講演はわたしの心に響いた。「私の語り」 その可能性を探るために、専門的に勉強したい。なぜなら、強く内面化したトランス/ホモファビアのために拒絶し続けてきた自分の「アイデンティティ」というものを引き受ける、そして「私の身体」を引き受け直すという試みにおいて理論を学ぶことは私にとって不可欠であると感じているからだ。

言い換えるならば、まさにこの社会で生き延びるために、私は大学院に進学したいと思っている。

　しかし、そう簡単にはいかないことも分かっている。

　そもそも大学に進学すること、そして四年間通い続けることさえギリギリであるという経済状況がある。奨学金を借り、扶養内ギリギリまでバイトをして過ごしている。そんな中でさらに進学となると当たり前だがお金がかかる。家族は頼れない。｢私の身体｣を維持し、取り戻すためにも費用がかかる。果たして今のようにバイトをしながら、研究ができるのだろうか。

　そして、進学したいと言っても当たり前だが、試験がある。学部でまったく違うことを勉強してきて、学部時代から専門に勉強してきた人とたたかえるのだろうか。基礎学力は本当にない。本を読むのも遅ければ、理解力もない。何度も何度も読み返しても理解できるのは三割程度。文章を書くのも得意ではない(だからブログをはじめた)。そんな人間が試験に受かることが果たしてできるのだろうか。そして、卒業までに戸籍を変えられる目処はたっていない。ジェンダー研究者でさえ、トランスを排除するアカデミアの世界で、差別されないと言いきれるだろうか。

　また「どの分野で何が研究したいのか」はっきりしていないことも私を足踏みさせる理由のひとつとしてある。社会学なのか、哲学なのか。そして、トランスジェンダーに関わる研究がしたいといっても、トランスの身体についてなのか、トランス男性の男性性についてなのか、トランス排除言説についてなのか、、、。なにもはっきりしていない。

　それでも、理論にしがみついていなければ私の生は簡単に否定され、なかったことにされる。他者からだけではなく、自分自身からも。だからこそ、そんな社会のなかでサバイヴしていくために、私はわたしを語る言葉を必要としている。その思いの強さは、私の強みになると信じている。

　この先の私の人生がどんなものになるのか、今はまだ分からない。

　周りの声に焦らされることもあるだろう。「その程度の覚悟で」と否定されることもあるだろう。それでも、私は"わたし”としてこの社会で生きていくために、その方法を探し続けるのだと思う。

　いつか振り返ったときに、この取り乱しを忘れないように、私はわたしの生存の"あしあと“を記録する。

＜トランス男性＞を「引き受ける」

　私は、トランスジェンダー男性である。

　出生時に「女性」を割り当てられたが、自身に対して「男性に近いもの」という認識を持っている。（ここでは「トランスジェンダー」を説明するような記述はしないが、ぜひ、周司あきら・高井ゆと里『トランスジェンダー入門』を読んでみてほしい）

　ここで自分のアイデンティティを語るために「男性」だと書かず、「男性に近いもの」という書き方をしたのには私なりの理由がある。それは「男性である」という確固としたアイデンティティを持っているとは私自身感じていないためである（はたしてそんな確固とした女/男性であるというアイデンティティを持っている人がいるのかはわからないが）。

それでも、私は今のところ冒頭にも書いたように、「トランス男性」という言葉を自分を語るための言葉として引き受けている。それは他者への自己の説明のための語りであり、同時に自身に対して、この社会においての帰属感を与えるためのものでもある。

ここで私の感覚により近い「言葉」を与えるために、藤高和輝『ノット・ライク・ディスートランスジェンダーと身体の哲学』からグリフィン・ハンズブリーの記述を引用しよう。

　「私は自分自身を「ただの男(just a man)」とラベリングすることには気が進まない。自分をただ単に男と呼ぶことは、私の歴史、すなわち、二十四年間見た目が女性の体で過ごしてきたという歴史を否定することであるし、私が現在、ホルモン治療といくつかの手術を経て、女性でもなければ完全に男性であるとも言えない状態にある身体を生きているということを否定してしまう。しかし、私は男だ。そしてまた、私はそのラベルを自分のものにしたい。それでも、そのラベルは修飾語を必要としている。すなわち、「トランス」という修飾語を。」(Hansbury 2005:252)

　ここでハンズブリーは「トランス男性」という言葉を自身のアイデンティティとして引き受けている。彼がこの記述の中で語る「トランス男性」という言葉への感覚を私はある程度共有しているように思う。それは例えば、私はトランスジェンダーであるがゆえに、このシスジェンダー中心主義的な社会において、さまざまな抑圧や排除、抹消を経験してきた/いる。そして、この身体。決して愛することのできない「わたしの身体」への違和を少しでもましなものにするために、お金、時間、労力などさまざまなものを犠牲にしている。そのような自己の受容/引き受けのプロセスを「ただの男」という語は抹消してしまうと感じているのだ。その永遠に終わることのないであろう自己の身体、アイデンティティの「引き受け」のプロセスこそが私の「生」そのものであるにもかかわらず。

　しかし、このハンズブリーの語りにみられる感覚にすべて共感できるわけではない。なぜなら、ハンズフリーは「しかし、私は男だ」と断言しているからだ。私は「男である」と断言することはできない。しかしその一方で「女ではない」ということは断言できる。私はいったいなんなのであろうか。そう自身に問いかけるとき、

　「ノンバイナリーなのではないか？」

という声が聞こえてくる。

私はノンバイナリーなのだろうか。

男性的なジェンダー表現を選択し、ときには医療を使いながらトランジションをしていくノンバイナリーの人たちがいることは理解している。しかし、そのような人たちは男女の二元的な枠組みを拒否し、他者から暴力的な仕方で、女/男どちらかにアイデンティファイされることを拒む。

　もし私がノンバイナリーであったとするのなら、ずっと消えない「男性的な身体」への同一化への憧れや、「男性」だとアイデンティファイされたときのあの喜び、「男」として「男」に愛されたいという欲望はどう説明することができるのだろうか。そして、そんな感覚をもちながらも「男である」と言い切れない私はいったいなんなのだろうか。（この二つのカテゴリーの中で揺れ動くこの感覚を「とり乱し」と呼ぶことができるのだろうか）

　性別違和は「程度の差異」であり、そのグラデーションのなかにある。そうであれば、「トランス男性」か「ノンバイナリー」かを線引きすることはできない（する必要はない）のかもしれない。それでも私は、私を語るためのたったひとつの「なにか」をずっと必要としている。

　なぜならこの社会では、規範から逸脱するような性のあり方は排除され、そのジェンダー表現や身体の在り方に関してつねに説明責任を負わされる。そのときにはっきりとした「答え」を持っていなければ、私の感覚は「気のせいだ」と抹消される。自分でも分からないその感覚を他者に説明するための、他者にとって「分かりやすい」言葉を持っていなければ、その他者の前で私の経験や感覚、違和感といったものは抹消され、「なかったことに」される。そのような暴力的な社会を、傷を負いながらもサバイヴしていくために、私は私を語る言葉を必要としている。

　今述べたのは、私を他者に説明するための言葉の必要性である。しかし、私が私を語る言葉を必要としている理由はそれだけではない。私は、私自身のために、私を語る言葉が必要なのだ。

　生まれながらにしてほとんどの人が持っている「性別」への帰属感をもっていないというのはどうしようもなく不安なものだ。自分が何者か分からない。社会に｢適応｣できない、そんな自分を受け入れることができない。社会からのミスジェンダリングが積み重なることによって自分の感覚を否定することが習慣化されていく。そしてそれは、トランスファビアの内面化につながっていく。

そんな自分の生/性を肯定するために、私は私のための私を語る言葉を探し続けている。

見つかるかなんて分からない。それでも探し続けなければ、私はこの社会で/を生きていけない。その言葉が見つかるまで、この取り乱しのなかを生きるしかないのだろう。それならば、私はいったん＜トランス男性＞を「引き受ける」。